ウェルカムトゥザニューワールド
こんにちは、お久しぶりです。
主の人生に分岐点があるたびに更新されることでお馴染みの当ブログです。
正確に言うならば、分岐点を経て自分の中に蓄積したモノを吐き出すのにちょうど良いツールとして使っているという感じですが。
自分の近況を一文で説明するならば、
「新社会人として上京し、社会の荒波に揉みくちゃにされたうえ、人生最初の失恋を経験し、精神的にも肉体的にも打ちひしがれている」
です。
改めて書き起こすと、つくづく上手くいかない人生だな...という所感が浮かびますね。
と、同時に何人もの人間が似たような経験をしているのだろうなとも思います。
人生の早いうちから経験しておくべき挫折を大人になってやっと経験している気がします。
会社に入っても業務を進めるための基礎的なコミュニケーションすらうまく取れず周りの人間に煙たがられ、自分を愛してくれた人すら軽率な行動からその愛を冷めさせてしまう。どれも自分や他者に対して真っ向から向き合うことを避け続けてきたツケが回って来てのことだとつくづく感じます。
大人になって転ぶと結構痛いです。
その上、自分の中に形成されている頑固な価値観とかプライドが邪魔をして、上手く立ち上がるのすら困難です。立ち上がるために手を引いてくれる人もいなければ、体勢を整えているような時間もないですしね。
転んでできた傷口を撫でたり、瘡蓋をいじくりまわしたりしているだけで、時間は過ぎていき、いま自分がちゃんと歩けているのかすらわからないけど、立ち止まらずに前に進まなきゃという焦燥感に身を引きずられながら生きています。
自分一人で身を立てるようになって、今まで漠然と抱えてきた不安感はよりその輪郭が顕になってきました。
今の仕事向いてなくない?これから先ずっと続けていくの?
現状の希薄な人間関係のままだと発展性なくない?一人で生きるのは限界あるよ?
恋人はもういらない?一生独り身?そんな人生寂しくない?
東京の端にあるワンルームで、一生そんな不安ばかりがリフレインしています。
ただ、そういった不安の前に立ちすくんでも好転しないというのはさすがに分かるようになりました。大人だからね。
いじけたり、見て見ぬふりをしたりすることでなぁなぁになる人生はもう嫌なので、ずるむけの傷跡を引きずりながらでも自分の足で進んでいけるようになろうと思います。
ブログを更新するにあたって過去の記事を読み返していたのですが、約一年ほど前にこんなことを書いていました。
「でも、結局彼も一人で孤独に押し潰されてどうしようもない夜ばかりだったし、希望に向かっていれたのは深い絶望の中にいたことの何よりの証拠なのだと思います。」
("彼"とはさらに過去の自分のこと)
逆説的に言えば深い絶望の中にいるから今ならば、希望に向かって歩いて行けるという解釈になります。
自分の根っこにはそんな精神が宿ってると信じて人生にリスタートをかけます。
古巣に帰る
久しぶりにブログを更新します。
最後に更新したのはいつの頃だったかもう覚えていないのですが、あの頃から自分の内面や周囲の環境は随分と変化したように思います。
このブログを書き始めたきっかけは、惰眠を貪る大学生活の中で、本当に日々が暇でどうしようもなくて、世間との関わりも希薄で、そんな中で少しでも自分の取り留めのない日常を外界に向けることで、なんとなく孤独を和らげようとしていたのだと思います。
それからブログを書かなくなったのは、多分、徐々に世間に居場所ができて、愛することのできる人やコミュニティができて、もう自分が孤独というにはあまりにも満ち足りている(満ち足りている様に見える)状態になったからなのだと思います。
今の自分は社会的には充足していて、とても幸せな人間です。
でも、やっぱり孤独だった頃の思考の癖が抜けずに、偶にうまくいかないことがあると人間関係や社会への不信感で押し潰されそうになります。
やっぱり自分は一人の方が向いていて、一人になるべくしてなったのだと思ってしまいます。
過去に更新していたブログを見返すと、今の自分にはないバイタリティや希望へ向かう意思が感じられました。
でも、結局彼も一人で孤独に押し潰されてどうしようもない夜ばかりだったし、希望に向かっていれたのは深い絶望の中にいたことの何よりの証拠なのだと思います。
今の僕にはどっちが良いのかわからないです。
どうしたって向いていない人間関係や世渡りをこれから上手くこなせる自身はないし、かといってずっと孤独の中にいて暗闇に飲み込まれてしまわない自信もないのです。
早い話がただの駄々なのですが、どうにもこの世界には自分の居場所がないという錯覚が常に頭から離れません。
僕には実家と呼べる場所が既にありません。その代わりに、唯一心が戻れる場所として、実家があった場所の裏山の中腹に位置する神社があります。
地元にいた時は、悲しかったり、感情がぐちゃぐちゃになってどうしようもなくなった時はよくそこに向かっていました。
なんの変哲もない古びた社があり、境内の柵越しに住んでいる街の景色が一望できました。
夕暮れ時に行くと、近くの踏切の音や、風が木々を揺らす音が聞こえ、少し赤みがかった空が見えて、ざわついた心を段々と落ち着けることができました。
その場所は物を言わず、黙って自分のそばに寄り添っていてくれる気がしたのです。
あの場所に帰りたいです。
これからとこれまでの為に。
バイダブチ
こんばんみ、俺です。
突然ですがマックで1番美味いメニューを発表します。
ドゥルルルル…
ドゥン‼︎
倍 ダ ブ チ ! ! !
(鮮やかなタイトル回収)
唐突に何を言い出すんだお前はとお思いでしょうが、発見とは往々にして何の前触れもなく降ってくるものなのですよ。
私は専らビッグマック派だったので先程食べた倍ダブチが初体験だったのですが、ヤベェですわねコレ…。
4枚重なったパティに溢れんばかりのチェダーチーズがコーティングされたその姿は正に肉の牙城、カロリーの暴走列車。一口齧るとやめられない止まらない。
うまい。
なんでみんなこんなうまいものを僕に隠してたんですか?(半ギレ
ハンバーガーの話で思い出したんですが、最近タコスを自作しました。

(このブログで初めて貼る写真)
ちゃんと材料を揃えるとなかなか値は張りますが、一度作ってしまえばかなりの量食べれるし、何よりめちゃくちゃウマァイのでオススメです。
こいつ食いもんの話しかしねぇな…
まぁうまければヨシ!
今日はこのへんで。ばいちゃ〜
どれだけ開いてもいいじゃない
みなさんどうもお久しぶりです、俺です。
実に3ヶ月ぶりの更新となりますが、どんだけ期間が空いても待つ人がいないので気楽に再開出来るのがこのブログのいいところですね。
とはいえこの空白期間中、特に激動のドラマがあったわけではなく、なんでもない日常を普通に過ごしていました。
そういえばネトフリで「とある魔術の禁書目録」シリーズを見ました、今更ながら。
当シリーズは超電磁砲、一方通行といったスピンオフも含めると相当な話数があるので一気見するのにも中々時間がかかりましたね…
昔一度触れたことのある作品だったのですが、その時は面白さが理解できず6話ぐらいで視聴をやめてしまっていました。
実際、今見ても面白いと感じるまでは割と話数を要したのですが(何文長期作品なので、助走段階が長いです)、その分ストーリが連鎖的に繋がって行く所に快感があり、中々見応えがある作品でした。
視聴後にネットで本作品について色々と調べていたら、禁書目録三期について酷評の嵐を目にして中々残念な気持ちになりました…。アニメだけ見てる分にはあまり気にならなかったのですが、尺を詰め込みすぎてほぼダイジェスト状態になってるらしいですね。
(確かに暗部編のところは異様にテンポが早くて設定についていけない感じがあったなぁ…。)
ここまで言われていると流石に、原作を読んだ方がいいのかなーって気になってきましたが、活字恐怖症の自分には中々厳しそうです。
因みにスピンオフコミックの「とある科学の心理掌握」は購入しました。
食蜂操祈すこ。
レールガンTのドリーと警策、食蜂の三人の再開はめちゃめちゃ感動しちゃったね、、、
とりあえず今は新約のアニメ化をひたすらに待っています。
でも2期から3期の間で7年開いていることを考えると新約のアニメ化はいつになることやらって感じですね。
やっぱ原作読むか?
話は急に変わりますけど今日はたまたまスーパーで見かけたので、生まれて初めてホヤを食べました。
人によって好き嫌いが別れるという前評判を聞いていて、どんな味がするのか戦々恐々としながら食べたのですが、めちゃめちゃうまいです、ホヤ。
個人的にはこのくらいクセのある風味の貝類がドンピシャで好きですね。
酢醤油につけて食べるとサイコー。
(ホヤって貝類なのか?と思って調べたら、貝類ではなく脊索動物という種類の動物みたいですね。食感や味のクセは完全に貝類なのに…。)
ただ外殻の大きさの割に可食部が少なかったので、中々コスパの悪い食べ物ですねこれは。
機会があったらまた食べようと思います。
あと久しぶりにお酒を飲んだら、ぶっ飛んで寝ちゃってさっき起きました。
眠気がないので久しぶりにブログを書くかぁ〜って流れです。
久しぶりなのでちょっと長めになっちゃいましたが、まぁいいよね!
夜も更けてきたのでそろそろ床に着きます。
バイちゃ〜
憤怒
みなさんいかがお過ごしでしょうか、俺です。
更新5回目にして何やら不穏なタイトルですがそのまんまの内容です。
僕は今怒っています。
なぜ怒っているかというと、最近何かと理不尽にストレスを溜められることが多いからです。
そんなわけで今日は最近起きたイライラエピソードを書き殴って少しでもこの怒りを鎮めようと思います。
一つ目は先日、そろそろ鬱陶しくなってきた前髪を切ろうと思い近所の美容室に行ったときのことです。
そこの美容室は正直あまり腕が良くなく、いつも理想の髪型からちょっとずれた髪型にカットされてしまう為、あまりいきたくなかったのですが、家から目と鼻の先にあるということで仕方なく惰性で通っていました。
今回も今まで同様、理想通りではないにせよそこまで変な髪型にはならないだろう、と思いカットしてもらったのですが、僕の浅はかな読みは見事に打ち砕かれました。
いつもと少し違うオーダーをしたのが良くなかったのか、僕が最も敬遠しているマッシュルームヘアーなるものにされてしまった上に(そんなものはオーダーしてない)、自前の癖毛が出て萎んだキノコみたいな頭になりました。
最悪です。
もう二度とここには行かんと固く誓いました。
二つ目は、ついさっきクリーニング屋で起きた出来事です。
数日前に僕は、おそらく油汚れ?が原因のシミがついてしまったナイロンジャケットをクリーニングに出しました。そのジャケットを渡した時に僕は、ちゃんと汚れが取れるのかを店の人に尋ねると、店の人は「取れますよ」と確かに言いました。
それにも関わらず、先ほどクリーニングが終わったジャケットを受け取り、見てみると汚れが全く取れていませんでした。それどころかジャケットのフード部分の紐がヨレヨレになっていてクリーニングする前よりひどい状態になっていました。
お気に入りの服だったので死ぬほど萎えて、キレ散らかしそうになりました。(キレ散らかしました)
以上が最近あった激萎え激おこエピソードです。
人によっては、たったそれだけ!?って思うかも知れませんが、実際これくらいのイライラが連続で来るとかなり精神的にキツいものがあります。
しかもこういうサービス業から受けるストレスって、怒りをぶつける先がないのが余計イライラを加速させます。(直接クレームをつける度胸がないため)
こういう時に柔軟に怒りをいなしたり、クレームにならない程度に正当な抗議ができるような器用さがまだ僕にはないことを実感しました。
くそー悔しい。
おみくじでまぁまぁいい運勢だったって話をした次の記事がこれですからね。
今年は厄年かも知れません。
ストレスに対する経験値を積む一年にしよう。
では。
アラタナルイチネン
みなさん新年あけましておめでとうございます。俺です。
2週間ほど実家に帰って、正月休みを満喫しておりました。
いやというほど騒がしかった親戚や友人の集まりの後で、この一人暮らしの狭い部屋に戻ると何やら落ち着くような寂しいようなアンニュイな気持ちになりますね。
実家の方では元旦に初詣に行き、おみくじを引いてきました。
結果は小吉。
なんとも微妙な運勢ですが、書いてあった内容はそんな悪くなかったです。
むしろ隣で吉を引いていた友人の方が散々な言われようでした。
(もしかして小吉って吉より上なのか?って思って今調べてみたら、
①吉を大吉の次に良いとするパターン、②小吉の下が吉であるパターンの二通りあるみたいですね。神社によって違うらしいです。)
色々書かれてましたが、何より一番気になる「待ち人」の欄には「来る」と書かれていました。
2022年は遂に俺もモテになります。ごめんな、みんな。
馬鹿なこと言っていつまでも正月気分に浸ってないでそろそろちゃんと動き出しましょうかね、明日から学校だし。
よろしく2022。
では
めりくりという日らしい
みなさんこんばんは、俺です。
現在この文章を打ち込んでいる時刻は2021年12月25日の午前0時半ごろ、
ちょうどイブとクリスマスの間の時間ですね。
さぁ、なぜこんな時間に華の大学生がブログなんて書いているんだい?
もっと他に勤しむべきことがあるんじゃないのかい?
と言うような無粋な問いの答えはもはや聞くまでもないでしょう。
私は俗に言うクリぼっちです。
まぁぼっちなのはクリに限ったことじゃないし、もう慣れてしまったので
今更「リア充爆発しろ!」みたいな怨嗟にまみれたマインドにはなりませんがね…
本当だよ!
ただそうは言いつつも、いつもより少しだけ華やかな街並みや、窓の外から聞こえてくる楽しげな喧騒といった色香にあてられると、少しだけ寂しいような気がしてきますね。
この寂しさを紛らわすために私は、明日からちょっと早めの正月帰省をしようと思っています。
久しぶりに実家に帰って家族や友人とマターリ過ごそうという算段でいます。
楽しみだぁ〜!
たまに寂しさを感じても、いつでも帰れる場所があるっていいことですね。
今日はちょっとしんみりして終わっちゃったな。まあいいか。
バイちゃ。